今井 快多氏(サイトロニクス株式会社)
事業を加速させ、成功角度をあげるための”カーブアウト”という選択
―出向起業に至った経緯を教えていただけますでしょうか。
2014年に東芝へ入社し、CMOSイメージセンサのライフサイエンス応用に関する研究開発に従事しておりました。事業開発、用途開拓の検討も行っており、再生医療も含めた半導体技術に貢献したいという思いがありました。
研究所内にある技術的なシーズをお客様と実証実験し、フィードバックをもらいながら仮説検証を進めていましたが、研究所の中ではお客様に対するビジネス提案が難しかったのです。面白い技術だという話にはなるのですが、その技術をどうビジネス化するかのターゲット検証が難しく、事業化するまでには至りませんでした。当時、主力のMRI、CTなどを扱う医用画像事業、半導体センサー事業がありましたが、グループのポートフォリオも変わっていく中でこの発芽できそうな技術シーズをビジネスの側からどのように実装していくか非常に悩んでいました。
そんな中、2016年に経済産業省の“始動 Next Innovator”プログラム第2回に所属元は関係なく応募して参加しました。他の参加者はスタートアップでバリバリやっている方も多く、スタートアップのエコシステムを知り、そのやり方に目から鱗が落ちたことを覚えています。それをすぐに自分に落とし込むことはできなくても、必要な知識として知ることができました。その後、東芝内に出島のような事業部門として、色々なイグジットスタイルが可能な事業化の出口に制約がない「新規事業推進室」という組織ができたんです。
それまでの東芝であれば、既存事業部が引き取って事業に組み込む、グループ会社を作るというある意味“閉じた”事業化が出口でしたが、新規事業推進室では、スピンアウト、カーブアウト、社内新会社、ベストなケースを選択できることが特徴でした。今回、私と共同代表の香西は事業を加速させて成功確度をあげていくために、新規事業推進室経由でカーブアウトを選択して今に至ります。
―カーブアウトを決めたきっかけになるようなことはあったのでしょうか。
研究所では約5年、新事業推進室では約2年行ってきました。研究所の検証過程では他の事業部が引き取る前提になりますので、明確な価格の話がしづらいんです。その状況ではビジネス化にコミットできず、技術的な検証がどうしても中心でした。新規事業推進室になってからは対価も発生しているので、PoCを有償提供しつつ事業者を模索しました。
細胞を見て分析する技術を再生医療だけでなく診断に使ったり、人だけでなく畜産に使うとか、toC向けにもっとライトに使えないかとか、事業アイデアの出口も色々検討しましたね。事業計画を検討する過程では、お客様にデータ取得を協力いただきながら、少しでも事業化検討できそうな事業部と話をして、次に進めないか、予算をつけてやれるところがないかと検討しましたが、社内で進めるには難しさを感じていました。であれば、我々がオーナーシップをもったやり方でお客様からのキャッシュフローを示すところができないかと思い、最終的にはカーブアウトを選択肢として提案した、というところですね。
―カーブアウトする決断は難しくなかったですか。
外に出ること自体には大きな決断は必要ありませんでしたが、VCからの出資を得られるかどうかは心配でしたね。始動の時と同じく、VCのアクセラレーションプログラムを通じて社外の人の取組みを知れたことが大きいです。大企業からの参加者だけでなく、スタートアップ、起業準備中の方、そして辞めてでも先に進んでいる方がいることを知ったことで、路頭に迷うとかそういう心配はなくなりましたね。社会実装を実現する上で必要な選択をする、それがいい選択だと自分が思えば、選ぶべきで、中で燻ってしまうのはもったいないと感じました。
社外の様々な人からの意見を得たことが、事業アイデアのブラッシュアップに繋がる
―外部プログラムへの参加が大きなきっかけになっているんですね。
そうですね。そういった意味では参加できる機会が持てるなら是非外部プログラムに参加してほしいですね、いろんな意見を聞けますので。また、アクセラレーションプログラムで優勝することを目標として取り組むこと、結果として優勝はできませんでしたが、なぜできなかったか振り返ることができました。さまざまな意見が得られる上に、優劣がつき、腕試しができる機会として外部プログラムへの参加はとても有益だと思います。
―アイデアは持っていてもVCに会いに行くことやぶつけに行くことができない、そんな大企業人材が多いイメージがありますが、VCとはどうやって接点を持たれたのでしょうか。
始動プログラムに参加したことと、VCのアクセラレーションプログラムに参加したことがきっかけですね。アクセラレーションプログラムのVCとは、今回の起業にあたって一番密にコンタクトを取りましたし、それ以外にも複数のVCと面談しました。まだまだだねと言われることがほとんどでしたが、社内だけでは得られないコメントをもらえるのは大きいです。
これらのプログラムでは、外の人ともマッチングしてもらって本当に様々な意見を聞くことができましたし、他の参加チームの話も聞くことで事業アイデアのブラッシュアップにつながったと思います。VCとのハンズオンなどを経て当初の事業プランからは方針を大きく変更しました。
―事業の概要を教えていただけますか。
再生医療の細胞培養状況を観察し解析していく装置を作っています。現状再生医療の特に培養、細胞を作るところは、人が判断して操作していることがほとんどです。そこを装置化して、解析していく技術を開発することが事業のメインテーマです。さらに、研究のみでなく製造シーンにも求められている技術の開発をしていきたいと考えています。
―この技術が社会実装されるとどうなるんでしょうか。
我々のミッションは、再生医療を身近な選択肢にしたいと思っています。目が不自由だった父にも再生医療を使えればという思いがありました。現時点では、再生医療はまだ手の届かないものという認識で、一般的にはまだまだです。再生医療の材料は細胞で、そこからでき上がるものも細胞になりますので、ここが一番難しいところだと思っています。細胞を人が作らなければならないところを装置化して、世の中に普及できれば治験も開発コストも下げられる、結果として、薬価も抑えられるようになるでしょう。その流れを支えるプラットフォームを提供していくことを目指しています。
―再生医療自体が、今は装置化されていないということでしょうか。
ほとんどのケースは人が作業しており、一部の工程の測定装置はある状態です。ただそれも患者の血液を入れたら自動的に所望の製品ができあがるようなものではなく、その環境を整えなければなりません。例えば、人が作業する場合だと培養室に入るたびに環境計測をし、そして人が細胞と参考画像につきあわせながら逐次チェックして検証している。自動培養装置というものもあるんですが、実際の研究以降の運用に耐えうるかというと疑問が残ります。そこがインサイトだと思っていて、研究の段階から手軽に使えて、スケールできるモノ、簡単に運用できるレベルのモノ、研究からシーズ段階で使えるモノがないんです。そこを我々がカバーしていきたいと思っています。
スケーラビリティという点で、研究とそれ以降のフェーズで完全に同じ装置を提供することは難しいと思っていますが、同じような測定方法を想定したラインナップのような、各研究開発フェーズを通して使えるような連続性というのを意識したプラットフォーム提供を目指しています。
社内に支援してくれる存在がいたことが、大きな力になった
―所属元企業への説明はスムーズに進みましたか。
新規事業推進室という後ろ盾があったことは非常に大きいと思っています。我々チームがただカーブアウトしてやりたいと言っても、それは一見我儘に見えると思います。そうではなく、新規事業推進室が第三者として投資する価値があるんだということを評価し、それを大義から含め社内で説明してくれたことがポイントでした。この時、研究所から法務、知財など、あらゆる関連先・関係部署に事前にネゴをしてくれたのも新規事業推進室です。時間はかかりましたがきちんと説明でき、納得して合意に至れたのは、社内に支援してくれる存在がいたことが大きいです。
―今回、カーブアウトを選択されていますが、出向起業のスキーム自体はどう思われますか。
一般的な補助金の話は、新規事業推進室で事業を企画し立ち上げる中で、資金調達の検討する際の選択肢としてVCや銀行融資と合わせて認識はしていました。2019年に参加した始動プログラムでもこの出向起業事業の予告を聞いていましたが、当初は、我々のようなカーブアウトには適用されないと思っていましたが、この出向起業事業は我々でも応募可能だと知り応募させていただきました。社外に出ようとする側にとっては、その行動に加速をつけられることはありがたいと思います。
一方で我々のように、先に自社の中で案件があれば活用してやりやすいと思いますが、我々の新規事業推進室の様な、社内で味方になってくる人がいないと難しいんだろうなというのが正直な感想です。
―所属元企業とは、今後どのような関係を想定されていますか。
弊社のように出向起業という形をとって身軽になったことは、再生医療において技術シーズをお客様のニーズに臨機応援に対応させていくために必要な切り離しだと思っています。その意義を考えるとファイナンスでリターンを出していくことはミッションだと思っています。
また、まだ何も成功してはいないので偉そうに聞こえてしまうと恐縮なのですが、もし要望があれば、東芝社内向けに話をしたり、次の経営層を生むための感度の高い人材の採用や育成、広い意味での企業文化の醸成に我々を使ってもらえればいいかなと、できることは協力していきたいです。我々にとっても、自身では製造までは至りませんので、技術的な支援をしてくれる会社として全くのスタートアップ企業としてではなく、取引関係を得られるような関係性でいられるのはありがたいですね。
―特に大企業で研究開発をしている方に向けて、メッセージをいただけますか。
今、新しい技術を提案すれば自然とお客様からその価値が認められる時代ではなくなってしまいました。そういう単純なものはすでにあって、より深いインサイトやお客様の真のニーズを探ることが重要だと考えています。説明できない課題を深掘りしていかないと、せっかく開発した技術に価値があるのかはわからないですし、良い技術も使える先がないとわからない。お客様が真に求めているのかをマーケットボリュームと付き合わせてみる、その方法を考えるのがとても重要だと思います。これは自戒も込めたメッセージになりますが、性能をあげた=満足ではなく、お客様側に立つこと、その視点を持つことが重要だと思っています。
今井 快多氏
代表取締役CEO
自己紹介/略歴:
2014年に(株)東芝に入社し、CMOSイメージセンサのライフサイエンス応用に関する研究開発ならびに事業開発に従事。
経産省主催”始動Next Innovator 2016”に採択、スタートアップエコシステムに感化、2018年には東芝内でスタートアップ型の新規事業育成プログラムを提案。
2019年より新規事業推進室にてプロジェクトマネージャー。
2021年5月サイトロニクス株式会社創業。
香西 昌平氏
代表取締役CTO
自己紹介/略歴:
東京大学工学部、同大学院修了、学位を東京工業大学で取得。
(株)東芝入社以来2008年まで最先端ICの開発に従事。その実績が認められ新規製品や新規事業の開発・立ち上げのミッションのもと、2008年から1年半カリフォルニア工科大学に留学。
LSIのR&Dを中心に、延べ20年に渡り研究をリード、様々な新規プロジェクト責任者を歴任。2020年、東芝研究開発センターフェロー就任。
2021年5月サイトロニクス株式会社創業。
「再生医療向け細胞培養プラットフォーム開発事業」について
再生医療・細胞治療(再生医療等)がアンメットメディカルニーズを満たす次世代の医療の一つとして期待されているものの、細胞治療製品等を開発する企業は「研究から製造にシームレスに移行できない」という課題を抱えています。
本事業では細胞状態の変化を専門人材でなくとも細胞状態を判断できる技術の確立を目指し、細胞を画像として測定できる細胞モニタリング技術を用いて、顧客ニーズの大きいと考えられる実証技術開発を行います。
会社概要
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URL | https://cytoronix.com |