細川晃良氏(トゥッティ・ミュージック・エンターテインメント株式会社)
新規事業開発と出向を繰り返してきたキャリアと、社内ベンチャー制度の活用
―細川さんの経歴について教えていただけますか。
最初のキャリアは総合商社でした。新規事業開発部門に配属され、電気・電子系の先端技術を活用した事業開発を行っていました。電気・電子といっても、まだインターネットやパソコンがない時代です。色んな技術を扱う中でも一番長く深く関わったのが通信衛星で、ちょうど40歳くらいまでは災害時利用等の官公需の対応をしていました。
その後、放送周りで新規事業としてスカイパーフェクトTV!のデジタル放送市場を作っていく過程に関わりました。例えば米国のコンテンツ企業と作った合弁会社に出向して国内営業に携わったり、出資している放送事業者に出向して事業のテコ入れを行ったり。それからは総合商社に戻って、インターネット関連の新規事業を担当していましたが、今後どうするかということを考えた結果、年齢的なことも考え、これまでの経験が活かせる現在の出向元、スカパーJSATに転籍したというところです。
振り返ると、出向起業ではないのですが、“新規事業開発”と“出向”はずっと経験してきましたね。
―その後、スカパーJSATから出向起業に至るまではどういった経緯だったのでしょうか。
最初は経営周りの仕事をやっていたのですが、次はどうするかと言う転換点に差し掛かった時、自分の得意分野である新規事業をやるしかないと考えました。ちょうどその頃、社内で従業員から新規事業のアイデアを募集しようという社内ベンチャー制度が始まり、そこに今回の動画配信事業を提案しました。
多数の応募があった中、4件ぐらいが採択されてFS調査に進みました。残念ながら、私が提案した事業は、事業規模や顧客との競合関係などの観点で「社内ではできない」という結論になりましたが、色々と調整した結果、外部ファンドがこの事業に可能性を感じていただき、外部資本を活用した「出向起業」で事業化することとなりました。
自身のノウハウが活きる領域、かつ大企業内ではできない領域を攻める
―tuttiさんの事業概要を教えていただけますか。
クラシック音楽コンサートに特化した、定額制動画配信サービスです。月額480円という低価格設定を売りとして、海外のクラシックコンサートや国内の吹奏楽団の定期演奏会等を配信していく予定です。
新規事業は市場を「先取り」しなければいけませんが、ただ新規性を出すために奇抜なことをしても、なかなか市場や技術が追いついて来ないということがあると思います。ですから、将来性があり、ある程度はマーケットが存在し始め、自分や出向元のノウハウが活きる領域の「動画配信事業」というドメインを設定しました。
そのうえで、まだプレイヤーが少ない音楽コンサートの収録映像を扱う動画配信の領域でFS調査を実施した結果、ある程度のニーズがあり、かつ安価でコンテンツ調達が可能な“クラシック”という領域に行き着きました。
―最初から、細川さんのノウハウが活きる領域に土俵を設定したのですね。
私も59歳になりますので、やはり全く新しいことを始めるのは難しいと思っています。ですが、動画配信事業であれば、これまでの経験・ノウハウが活かせます。これは経験上の感覚ですが、やはりノウハウの有無が”判断”のスピードに大きく影響します。新規事業開発を進めるうえで「試しにやってみた」結果を素早く正確に判断できないと、実際のマーケットに沿った事業として発展していくことができないからです。
―そういう意味では、出向元企業内でやるという選択肢はなかったのでしょうか。
放送業界全体として、“配信事業”は注力すべき分野である一方で、最近は版権元が自ら配信事業をやっていることもあり、どうしても本業とのバッティングが起きてしまいます。これは構造上の問題なので解決が難しく、外に出てやった方が、自由度が高く検討が進められると考えました。
ただ、クラシックでも配信事業者はたくさんいますので既存の配信事業者への配慮は重要です。私は、その事業者と共同でFS調査を行ったことが正解でした。先に巻き込んで検討を行った結果として、先方からは事業性がない、出向元会社でも自分たちでは事業化しないと判断されましたので、問題なく出向起業先で事業を進めることができました。
自分の強みを棚卸し、挑戦し続けることを覚悟する
―新規事業も出向も経験済みではありますが、出向起業をしてどんな心境でしょうか。
今までの新規事業は、大企業の資本力に下支えされていたものでしたが、今回は、自分たちがマーケットを切り開かないといけませんので、当然ながら状況は違います。ただ、出向という立場をとらせてもらっていることで、必要以上の悲壮感は感じていません。自分の得意領域で、挑戦しようという前向きな気持ちです。
―59歳というベテランの立場ではありますが、挑戦をし続ける意欲があるのですね。
若い人はチャンスがいっぱいあり会社もその場を作ってくれますが、この年になると、チャンスは与えてもらえないものでして。。そういう意味でも、自分で切り開くしかないと思います。自分の経験と所属元にもハマる、そういったケースはなかなか無いかもしれませんが、自分ができることを棚卸しして、そのうえでやれることがあるなら、挑戦するべきだと思います。
―細川さん自身の強みを棚卸ししたタイミングがあったのですね。
そうですね。50代になってこの先のポジションを考えましたとき、自分は何ができるのか、どうしたいのか、それこそ再就職とか色々な選択肢も含めて1カ月ぐらい考えました。とはいえ、そんな簡単には再就職ができるわけでもなく、やはり自分で何かをやらざるを得ないと考えたときに、今回の新規事業、今回の出向起業という方法があったということです。棚卸しをした、というよりは、挑戦することを覚悟した1か月でしたね。
―この補助事業を申請されたモチベーションを教えてください。
マーケットと向き合うことが重要でそこに注力することは決めていましたので、とにかくマーケティング費用にお金が必要でした。補助金に採択されることで、1/2の補助が受けられる、試行錯誤を2倍やることができるのは大きいメリットです。
提供するサービスが良いものかどうかはお客様が判断するものです。サービスを作り込む前に、まずあるものを提供して、まずは使ってもらって、お客様に評価してもらう。そのためにまずは集客することが大事ですし、そこが大変だと思っています。
―細川さんの同年代の方へメッセージがあれば。
私に限らず、同年代の方々の処遇は運や経歴も大きく影響していると思います。もし不遇な状況にあり、会社内で悶々としているぐらいなら、何かに挑戦した方がいいのではないでしょうか。想定外のことが起きるのは当たり前ですし、結果は最後まで誰にもわかりません。ぜひ自分の得意な領域で、挑戦してみてください。
細川 晃良氏
代表取締役社長
自己紹介/略歴:
横浜国立大学工学部卒業後、伊藤忠商事に入社。
最先端の電子技術を活用した通信衛星を利用した新規事業開発、衛星デジタル放送業界での新規放送チャンネル立ち上げと新規商権確立に従事。
スカパーJSAT株式会社に転籍後も新規事業開拓に従事したのち、出向起業に至る。
趣味は旅行とゴルフ。家には猫が1匹。金沢市出身。
「クラシック音楽コンサート専門の定額制動画配信サービス」について
①クラシック音楽コンサート専門の動画配信サービス:いわゆるサブスクビジネスでインターネットを経由した国内外の有名な演奏家によるクラシック音楽コンサートの収録映像を月額480円(税別)で見放題のサービスを提供する。
②クラシック音楽コンサートの主催及び入場チケット並びに視聴チケットの販売:コロナ禍で実施できなかった吹奏楽関連のコンテントの代わりに吹奏楽フェスティバルやマーチングフェスティバルを主催。入場券や視聴チケットの販売を行う。
会社概要
社名 | トゥッティ・ミュージック・エンターテインメント株式会社 |