先行事例#3 アクセラレータープログラム×出向起業

株式会社リコーが運営している統合型のアクセラレータープログラムTRIBUS(トライバス)は、社内外の挑戦者の想いを実装し、事業と人々を育む事業創造のための挑戦の場として2019年から展開されています。

Ricohのアクセラレータープログラム『TRIBUS(トライバス)』

社内外からイノベーターを募り、リコーのリソースを活用しイノベーションつなげるプロジェクト。

ワークプレイスやイメージング領域にとどまらず、社会の広い分野での課題解決を目指します。資金や先進技術にとどまらず、リコーグループ社員が社内外で得てきた知見を活かしてサポートすることで新しい価値をつくります。

TRIBUS HP:https://accelerator.ricoh/

令和4年度事業の採択起業家である株式会社ブライトヴォックス(以下、brightvox)は、このTRIBUSの採択プロジェクとして、株式会社リコーに所属しながら起業を実現しました。

本記事では、TRIBUS運営事務局ご担当者にアクセラレータープログラムの出口としての出向起業制度についてお伺いしたインタビューをご紹介します。

TRIBUS×出向起業 実現の背景
一般的な大企業のアクセラレータープログラムにおいて「出口をどう設定するか?」という問いは、大きな論点の一つだと思います。TRIBUSでは、出口を明確に設定されているんでしょうか

(森久氏)事務局からは、明確な出口を示してはいません。むしろ、各チームから自分たちの事業を社会実装する場合の最適な出口を提案してもらって、その実現に向けて事務局やバックオフィスが一緒に模索しています。

brightvoxが行った出向起業事例でも、事務局が出向起業や補助金支援制度についてアナウンスしたわけではなく、チームから「出向起業制度を活用して社外でやってみたい」という提案があり、(リコー本社の)法務、人事、知財の全員で勉強しながら進めていきました。 採択された新規事業が既存の事業部門の下につくと、事業自体がスピードダウンしてしまう事例もあると思います。我々はそれを否定しているわけではなく、事業同士のシナジーが強く連携した方がより成長できるのであれば、その選択肢も許容したいという考えですね。


リコー森久氏

森久 泰二郎 氏(株式会社リコー)

宇宙科学研究所にてX線人工衛星「すざく」の開発の後、株式会社リコー入社。

複写機制御システム開発、民生用デジタルカメラ開発を経て、産業機器に関する新規事業にプロジェクト・プロダクトマネージャーとして従事。

TRIBUSには2019年度に社内起業家として参加し、2020年度にTRIBUSプログラム運営リーダーとして活動。2022年も引き続き事務局として参画。

あくまでも出口はプロジェクトオーナーが選択して決めるべきということですね。brightvox以外では、どういった出口のパターンがあるのでしょうか

(森久氏)他のチームは、今まさに出口を検討している最中です。各チームが様々な方にお話を聞きながら、最良の手段は何なのかを探している段階ですね。

例えば、最初に採択されたチームは、まずはTRIBUS推進室で自由裁量権を持ってビジネスを加速させていっています。そこでPMF(プロダクトマーケットフィット)実現のため、自分たちのプロダクトサービスの価値を確立させ、出口をどうするか考えているようです。

事務局とプロジェクトオーナーが最良の手段を一緒に探す建付けは、とても本質的で素晴らしいと思います。では、具体的にbrightvoxから出向起業制度に応募したいと相談が来たとき、事務局側はどんなリアクションをされましたか

(森久氏)2019年から2020年初頭、出向起業制度の立上げを検討している経産省の担当者からヒアリングがありました。恐らく、TRIBUSが『会社を辞めずに起業する』という出向起業と相性が良いと考えられて、意見やニーズを知るためだったのだと思います。

その時から「いつか出向起業を活用したいチームが出てきたらいいな」という気持ちはあったので、その後brightvoxから出向起業に関する相談を受けたときは、純粋に面白そうだと感じました。

出向起業のことは事前にご存知だったんですね。

(森久氏)そうですね。また、TRIBUSで開催していた社内イベントで、他社の社内起業家の方にお話して頂くことがありました。そういった場でも、他社が出向起業制度を活用されていることは我々の耳にも入っていました。

出向起業制度について調べを進めるなかで、知財や法務を含め様々な調整があったと思います。どういった苦労がありましたか

(森久氏)大きな論点としては人事、知財財産、法務になると思いますが、人事に関しては特に問題はなかったです。

知的財産に関しても、既にbrightvoxチームで『リコーに置いていく知財』と『自分たちが新たに出す知財』を整理されていたので、大変クリアでした。一緒に伴走していた知財の担当者も外部で開催されていたオープンイノベーションにおける知財の勉強会に参加したりしていて、積極的に参加してもらえた印象です。

最後に法務ですが、出向起業に関する契約締結に向けて「出向元企業にはどんなメリットがあるのか」とか「どういうスタンスで契約をまとめればいいのか」という方向性については悩みどころでしたね。

様々な方と協力的に進められたのは、とてもポジティブな効果だと思います。リコーさんとbrightvoxさんの間ではどういう整理になったのでしょうか

(森久氏)まず、出向起業制度の根幹となるのは「いかに出向元企業がガバナンスを効かせないようにするか」だと思います。だからこそTRIBUSでも、各チームで自由裁量権を持って様々な判断ができる形態をとっています。

リコーは自分たちで全てを抱え込もうという方針はありません。brightvoxから出た「社外で事業を実現したい」というお話は、「世の中のためになる事業を社内外関係なく支援していこう」といったTRIBUSの仕組みにも繋がります。

今回、「brightvoxの最良な手段は出向起業等の支援制度を活用することである」という旨をTRIBUSオーナーである山下CEO(2022年当時)にも理解して頂き、出向起業を応援する方向性で契約をまとめていくことができました。

TRIBUSが掲げる「やらないこと」の定義
TRIBUSの礎(リコー創業者創業者市村清の経営哲学
TRIBUSが掲げる「社内だけではやらない」の方針で整理ができたということですね。出向起業を実現するという意思決定ができたのは、周囲と比べて特殊だと思いますか

(森久氏)恐らく特殊だろうと思います。

実際に出向起業を行い、TRIBUSからプレスを出したことによって、他社からご相談も頂くんです。「出向起業制度を利用したいけれどどう折り合いをつけましたか」「ガバナンスや出向元としてどんな利益がありますか」など、社内で壁にぶち当たっている話を聞くので、リコーがそれらを突破できたことは、現時点では珍しいのだろうと思います。

”出向起業”という選択肢
出向起業にあたって、期待した効果や狙いはありましたか

(森久氏)これは少し事務局的な意見ですが…、これまでは大企業に入社すると終身雇用というケースが多かったかと思いますが、これからの企業選びは、終身雇用を目指すよりもそこでどんな経験ができるのか・どんな機会が提供されるのかという観点も、選択肢として大きいかなと思うんですよね。

いずれ自分で新たな事業や会社を興したい方にも「リコーに入社すると、それが可能な選択肢もあるんだな」と思ってもらえるような、これまでとは違った側面でリコーグループを見てもらえることは、期待や効果として考えています。アクティブで新たな価値創出を行っていこうと思われている方にリコーへの興味を持っていただけるのでは、と。

とても健全なエコシステムを広げていっている印象です。brightvoxという先行事例が走り始めて1年ほど経ちますが、両社間での変化や進展・リコー内の起業家としてポテンシャルを持っている方々に、何かしらの効果を感じられますか

(森久氏)起業する理由の1つに「よりスピード感を持って事業を進められる」という点がありますが、リコーにいた頃とは全く違った新しい方式で、より性能も品質も向上した製品を新会社として発表されたというのはすごいことです。それは、今回灰谷さんが選んだ選択肢によって実現できたことだと思っています。ほかにも色々な案件や実証検証の話を聞いているので、我々の期待以上の効果が出ているんじゃないかとも思っていますね。

(生澤氏)当然、リコー社内の社員に対する影響もあり、社内起業でスタートしたチームが熱意を持って自ら社外へ出てチャレンジしたというニュースは非常に反響があり、驚きとともに多くの社員が刺激を受けたことと思います。

ただ、一部誤解されがちなのは、たまに「TRIBUSで応募した後は必ず外に出ることをゴールにしなければいけないのでは…」という点です。TRIBUSから生み出される事業が必ず出向を前提にしているということではないですし、カーブアウトが全ての選択肢ではありません。

各事業の成功のため、それぞれのチームにとって最適な選択肢は何かをプログラム全体で考えていくので、いずれかの選択肢を強制することは全くないということは、変わらず伝えていきたいですね。

一方でTRIBUSで採択されたチームが出向起業のような動きをしているという事実を知らない社員もまだまだ多く、事務局としては社内にどう各チームの活動を伝えていくかも課題の一つとして捉えています。現在、まさに次年度のプログラムの検討をしていますが、そういった新たなチャレンジをしている人々の事例が刺激になることは存分にあると思うので、今後さらに情報の発信を強化していきたいです。


リコー生澤氏

生澤 希 氏(株式会社リコー)

2011年 株式会社リコー入社。

オフィス機器事業領域における業績管理やプロセス改革などの業務を経て、画像機器の商品企画および事業戦略立案に従事。

2020年にTRIBUSプログラムのカタリスト(スタートアップ企業伴走役)を担当し、2022年から事務局として活動。

brightvoxのメンバーとは、現在もコミュニケーションをとられているのでしょうか。事務局としてどういうことを気にされているのか伺いたいです。

(森久氏)現在も継続的にコミュニケーションをとっています。「最近どう?」とか、「新しいトピックスある?」とか…。TRIBUS自身もWebメディアを持っているので、「もしよかったらそれも活用して発信してみては」みたいに色々な話をさせてもらっています。

また、最近では私と灰谷さんで外部のインタビュー取材を受ける機会も増えてきているので、そこでも顔を合わせていますね。

menber
株式会社ブライトヴォックス 経営メンバー
出向起業後、灰谷さん自身の変化は感じられていますか

(森久氏)経営者の目線になったことでしょうか…やはりお金の使い方ですね。

これまでは『予算』を使っていましたが、現在は『資本金』を使うことになっていて、キャッシュフローをより意識するようになったという話をよく聞いています。

他にも、リコーの頃はかなり多くのことをバックオフィスの方にやって貰っていたんだな、ということはよく仰っていますね。年度末の税務はもちろん、ちょっとした契約書を作成するにしても、リコーにいた頃は法務部が全部やってくれていたことも、現在は全て自分たちで対応しなければいけません。広報、経理、IT、人事、総務、知財 など、勉強しながらすぐにルールを作り動かさなければならず、必然的に出向起業チームのメンバー全員がマルチタスクで動く必要があります。

一方でその辺りの業務に関しては、世の中にスタートアップ向けの様々な支援サービスがあることを教えてくれたりして、私達にとっても色々な気付きになっています。

(生澤氏)TRIBUSでは、採択された各チームに活動における自由裁量権を与え、自分たち自身がスタートアップを立ち上げた経営者のつもりで資金繰りや事業の成立性を見てもらうことを基本ルールとしています。

しかしながらそれはあくまで管理上の話であって、リコーに所属している限り、実際に自分たちのお金が傷んでいくわけではないというところに難しさもあります。

『資金繰りをスタートアップ同等に自分事として真剣に考えられているか』という点は、各テーマの進捗レビューなどでもよく指摘されるポイントです。先日灰谷さんチームにお会いした際、実際に社外の環境に身を置いていることで、その辺りの温度感や覚悟の高さをすごく感じましたね。

社内で事業を大きくすることが正解な場合もあるので、外に出てその目線を持つことが絶対だとは思いませんが、社外へ出た人と社内で頑張っている人に、環境の違いはありますね。

(森久氏)今回は自身の資本も入れたかたちで社外に出たので、一層覚悟の違いはあると思います。実際にbrightvoxを見ていると、オーナーだけでなく一緒に起業した4人のメンバー間の結束も強まっているな、っていうのは思いますね。

先日オフィスを訪問した時、リコー社内からもよくオフィスを見に来たり、話を聞かせてと言われることが多いと聞きました。リコー社員にとっても、出向起業など新しい選択肢があることを知れたことの良さがあるんだろうなと思います。

TRIBUSとリコーが目指すこれからの姿
最後に、リコーとTRIBUSを軸としたこれからの方針をお伺いできますか

(生澤氏)TRIBUSは2023年度で5期目に入ります。リコーは”自分から手を挙げて新しいことを提案する”ことを最初から得意とする人たちが多数を占めるといった風土ではないと個人的には感じていて…、起業アイディアや起業家マインドを持っていた人によるTRIBUSへの応募はここまでで比較的一巡したといった段階にあります。

今後は応募を悩んでいて踏み出しきれていない人の背中を押してあげるようなこともできればと思いますし、応募すること以外にも、チームメンバーだったりサポートといったかたちでTRIBUSと接点を持つ人たちの層をさらに広げていきたいといった思いがあります。

また、brightvoxの事例をはじめ、過去のチャレンジャー達の苦労話やノウハウも含めた活動実績を発信し続けることで、様々な刺激をグループ社員全体に与えていきたいです。

5期目はプログラムとしての成果に対する目線も強まってくる時期です。初代である2019年採択チームの出口の示し方であったり、その先にある今後のチームの選択肢について、事務局としてもより事業創出の可能性を高められるようなプログラム設計に挑戦し続けたいと考えています。

TRIBUS プログラム概要
TRIBUSとの接点(参加形態)

(森久氏)TRIBUSには、様々な関わり方で参加できます。

事務局としても、社員全員に起業してほしいとは思っていませんが、何かやりたい・何か課題を解決したい人が「事業」というかたちで社会実装する選択肢を選ぶことが普通の姿になれば…とは考えています。

皆さんよくあるかもしれませんが、例えば飲み会の場で「こういうサービスがあればいいのに」とか「こうなればいいのに」とたられば話をしても、翌朝には飲み会での話はとっくに忘れて通常業務に戻っていると思うんです。そんなたられば話も、「少しエネルギーをかけて事業としてやってみよう」と言う人がどんどん出てきたら、とても面白いサービスやソリューションがどんどん出てくると思っています。

とても崇高な社会的意義がある人たちだけが立ち上げるものではなくて、ちょっとしたことでも、エネルギーをかければ事業を立ち上げるきっかけには十分なり得ることが伝わっていけば、面白いですね。

また、出向起業に関しては、我々としてはあくまでも選択肢の一つに過ぎないというふうに考えています。当然、今回のbrightvoxの事例は大変貴重なものなのでどんどん紹介していきたいですが、出向起業以外にも様々な出口戦略があると思うので、フラットな姿勢で、社会実装に対して何が一番いいのかという視点はぶらさないようにしたいですね。

弊社の事例を見て、出向起業の制度を活用したいなと興味を持った方へも惜しみなく我々のノウハウを提供しますので、ぜひお気軽にお問い合わせをいただければと思っております。

本記事はTRIBUS運営事務局ご担当者にお話を伺ったインタビューを抜粋してご紹介しております。

元インタビュー記事ではアクセラレータープログラムについて詳しくご紹介していますので、ぜひご覧ください。

FLAG|”旗”を掲げるイノベーターの実践書