先行事例#6 副業・兼業×出向起業

なぜ、“出向起業者”は、社内新規事業でもなく、独立するわけでもなく、『出向起業』という異なる選択肢を選んだのか?

令和5年度採択者であるRainTech株式会社 藤井 聡史氏に『出向起業』に至った背景、社内プロセス、その心の内についてお伺いしたインタビューをご紹介します。

副業・兼業制度を活用し、“RainTech”を起業
副業・兼業制度を活用して事業を進めていく中で、どのような体制・支援を得て出向起業となったのでしょうか。

(藤井氏)2021年のはじめ頃、経産省の出向起業担当者を招いた説明会がデンソー社内で開催されまして、その説明会で出向起業について知りました。ちょうど私も入社して10年経ち新規事業をやってみたいと思っていたタイミングでした。

愛知県がスタートアップ支援に取り組み始めたタイミングに合ったというのもあります。Rain Techの前身をやり始めた2021年8月頃、愛知県が立ち上げたSTATION Ai(※愛知県のスタートアップ、オープンイノベーションを促進する取り組みの一環として、様々な支援を提供するインキュベーション施設)のメンターには大変お世話になりました。

メンターからは「Rain Techの価値観や目指していることには意義があるが、そもそも防災は無理だよね」とよく言われました。VCやメンターはビジネス視点で見るので、お金にならない事業をどうやりくりしていくかが問われます。愛知県はスタートアップの補助金も充実しているので、補助金を使いながら小さくスタートさせました。


 藤井 聡史氏(RainTech株式会社 代表取締役社長)

2010年に株式会社デンソーへ入社。製造現場の生産技術として、IoT、自動化、AIなどの新規技術を実装し、生産性向上・品質改善する業務に従事

2021年7月に静岡県で発生した伊豆山土石流災害による被害をみて、培ってきた技術・知識を活かして自然災害による犠牲者をゼロにしたいと思い立ち活動をスタート

2022年4月にRainTech株式会社を設立

どのような意思決定によって出向起業を選択されたのでしょうか。独立も選択肢にあったのでしょうか。

(藤井氏)独立も選択肢としてありました。当時、私は新規事業から遠い製造現場の改善業務を担当していて、いきなり畑違いの新規事業の部署へ異動できる可能性は低いだろうと考えていました。

38歳になる年で、40歳の節目までに何かチャレンジしたいという思いがあり、休職をはじめとする自分に与えられた権利や制度を上司にも打診した上で人事に交渉したんです。

人事で検討してもらったものの、そのときは条件が合致しませんでした。しかし、RainTechも細々ながら売上が立ってきており、フルコミットでやらないとお客様にも失礼だと考えました。2023年の年明けに「4月1日までに進退を判断したい」と上司に相談した上で最後のアイディアとして、チャレンジングなことに意欲的な役員に相談することにしました。

ダメ元で「出向起業をやらせてください」とお願いしたんです。

その役員のリアクションはどうでしたか。

(藤井氏)「デンソーがこれからやろうとしている事業との関連性も作れそうだし、チャレンジしてみたら」と言われました。

それまで1年間、兼業ではありつつも、大学教授に技術顧問に入ってもらっていることや、お客様が細々ながら付いている点、事業内容や志も悪くないと評価してもらえました。

今すぐ社内でやるのは無理だが、これからデンソーが起こしていく新規事業とシナジーを創れる可能性もあるなら悪くないと。「出向起業というアイディアがあるならやってみたらいい」というのが結論でした。

デンソーの方針と、Rain Techの狙いが出向起業にぴったりはまったのですね。家族に相談はしましたか。

(藤井氏)1年も兼業でやっていて、愛知県のビジコンの賞ももらっていることを知ってくれているので、事業自体は否定されませんでしたが「辞職はしないで欲しい。子供もいるのに生活をどうするのか」など言われました。

最終的に「2、3年フルコミットで挑戦してみて収入の目処が立たないなら再就職する」という条件でデンソーを辞職しての挑戦についても許可が出ていたのですが、出向起業という形でデンソーを辞職せずにチャレンジできている今の状況を家族も喜んでくれています。

ボトムアップで会社のコンセンサスを得た好事例に
会社や家族からOKをもらった後、まず何をやりましたか。

(藤井氏)役員からは、シナジーのあるストーリーが作れないと人事部など他部署が納得できないだろうから、シナジーを設計できる部署とつながりを持って外に出なさいという宿題が出ていました。

私はサーマル事業部という熱交換系の生産技術の部署にいたのですが、ソサエティ領域との連携が難しいので、ソサエティ領域をこれからやっていく部署や研究センターに異動することになったんです。

新規事業を統括する役員や元部署の部長の総意のもと、シナジーを設計できる部署に異動しました。

ソサエティ的な部署とのシナジーには何を設定しましたか。KPIなどあれば教えてください。

(藤井氏)今、デンソーでは、世界中の人々に笑顔あふれる未来を届けるために、「幸福循環」の輪を「モビリティ」から「社会全体」に広げ「幸福循環社会」を実現するために、5つの流れを設定し、取り組もうとしています。

Rain Techの「気象」はソサエティに関わるテーマであり、「データ流」をやっていくこと、防災という観点で「人流」や「物流」にも関わると説明しました。

会議のセッティングは大変でしたが、総意を得られた後はすんなりいきました。上司には年明けから相談していたので後任の調整も進み、異動というエビデンスをもって人事部に相談に行きました。

デンソーには異業種他社に研修目的で派遣する制度があります。今回、所属部門の人財育成方針とも合致することから、起業出向も事例として認められました。社内調整にかかった期間は約3ヶ月間だったと思います。

ここまでのお話でも十分わかるくらいデンソー社内で色々な方にサポートされていますが、一番ありがたかったサポートについて教えてください。

(藤井氏)異動先に直前まで人事部に所属していた次長がいて、「出向起業は必要だからやるんだ」と人事部の人脈も駆使しながらスピーディに調整を進めてくれたことですね。

調整がうまくいった要因は2つあって、まず役員が「やるぞ」と言ってくれたこと、異動先の次長がスピーディに調整してくれたことです。

また、経産省の公的な施策であるという文脈もすごく効果がありました。

役員からも、今回の異動や出向起業のチャレンジは、社員の意見がボトムアップで会社のコンセンサスを得るという、今までのデンソーではなかなか起こり得なかったポジティブな事例として社員に伝えたいと言ってもらえています。

会社とは可能な限りオープンな関係が大事
出向起業に至るプロセスの中で、振り返ってこれはやっておけばよかったなということはありますか。

(藤井氏)特にやり残したということはないです。出向起業制度を作っている経産省や事務局に社内調整も含めた相談をさせてもらえたのは良い機会でしたし、短期間での調整が難しい大企業で役員に相談させていただく機会を得ることができたことは大きかったですね。

また、休職制度など、社内制度や自分で取れる手段を自分で検討し切ってから相談できたのも良かったです。

相談に適した人脈を知らなかったり、社内調整のやり方が分からない人もいます。藤井さん自身はどのような活動を通じて人脈やルートを把握されたのでしょうか。

(藤井氏)Rain Techを始める1年前から社員の有志団体でコミュニティ形成の運営をやっていたんです。その活動の中で、有志団体をポジティブにとらえてくれる役員の存在や社内のアーリーアダプターの活動を知りました。

新規事業をやろうとしている人たちの中にいると、ダメ出ししかしない役員と、可能性を見出そうとする役員が見えてきたりするじゃないですか。社内で新規事業をやっている担当者に聞けば、見えてくると思います。

最後に、出向起業や独立を検討している人たちに向け、メッセージをいただけますか。

(藤井氏)会社に内緒で事業をやっている人たちもいると思いますが、会社に自分がやっていることを可能な限りオープンにして、上司に相談したり、社内で賛同してくれる仲間を集めたりするのはすごく大事なことだと思います。

私も独立を選択肢に入れていましたが、独立したらしたで、とてもつらかったと思うんです。

経産省が公的に組んでくださっているスキームはとてもありがたい。辞める前にぜひ、出向起業を最初に検討して欲しいです。

出向起業者にダメ元でメッセージを送ってみてもいいと思います。私はいつでも相談に乗りますよ! 

本記事は藤井氏が兼業から出向起業に至った経緯を伺ったインタビューを一部編集してご紹介しております。

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