先行事例#4 カーブアウト×出向起業

ライオン株式会社では、社内および国内関係会社の従業員を対象に、新しい価値を有する事業を生み出すプログラム「NOIL」を2019年から実施されています。

ライオンの進価値創造プログラム『NOIL(ノイル)』

「NOIL」は、当社の既存事業領域だけでなく、幅広いヘルスケア領域に関わる課題を発見し、これまでにない解決策を生み出す狙いがあります。社員一人ひとりが生活者の課題に向き合い、自分自身の力で解決したいと思える事業アイデアを選定し、事業として実現いたします。

出典:ライオン株式会社 ニュースリリース:https://www.lion.co.jp/ja/news/2019/2870

令和3年度事業の採択起業家である株式会社休日ハック(以下、休日ハック)は、このNOILの採択プロジェクとして、ライオン株式会社に所属しながら起業を実現しました。

本記事では、ライオン株式会社側のご担当者に休日ハックを出向起業カーブアウトとして送り出すまでの経緯と、このカーブアウトがライオンにもたらした好影響についてお伺いしたインタビューをご紹介します。

新規事業創出プロセスの課題解決には、出口の多様性が必要
新規事業創出プログラムの出口として既に外に出すルートがあったのでしょうか

(藤村氏)プログラムの出口として都度その人とその事業にとって最善と思われる形を検討した結果、外に出そうということになりました。

そもそもNOILの出口としてなぜ外に出すルートを入れたかと言うと、これまでのライオンの中における新規事業創出プロセスに対する課題を受けてなんです。

ライオンには、比較的早い段階からイノベーションラボという新規事業への取組みがあり、新規事業が全く創出されていなかったわけではなく、いくつか事業立ち上げ事例がありました。歯磨き粉や洗剤自体も新規のイノベーションの果てに生まれてきたもので、例えば今やっている通販事業などもラボの中で新規事業の一つとして立ち上がり、数十億から百億に迫る規模の事業になっています。

ですので、新規事業を全く立ち上げられない会社ではなかったものの、数やスピード感に関してもっと上げていかなければいけないという課題を感じていた中で、もっと成長エンジンとしての新規事業をどんどん推進する仕組みが必要だと話していましたね。


ライオン藤村氏

 藤村 昌平氏(ライオン株式会社)

2004年ライオン入社。R&D部門で新規技術開発、新規訴求開発、新ブランド開発を経て、2016年よりプロジェクトベースの新規事業創出業務に従事。

2018年にR&D内に新設されたイノベーションラボにて新規事業の実現と人材創り・組織創りに注力。

2019年4月より新価値創造プログラム「NOIL」事務局長。

2020年1月より新設のビジネスインキュベーション部長。

2022年1月より人材開発センター 企業文化変革担当部長として、カルチャーラボを立ち上げ企業文化変革に挑戦中。

生み出す数やスピード感について課題を持っていたんですね。

(藤村氏)私はその検討の中にいまして、大きな問題は出口だと。市場に出せるか出せないか?の判断の難しさを非常に課題として感じていました。

メーカーなので、ものづくりの観点として事業を見ることは可能ですが、そうでないものについてはわからない。例えば田中さんの休日ハックのようなサービス事業だと何を評価し、どんな制度や法律を見ていけばいいのか、といった観点が全く異なるので、評価がすごく難しいんです。

会社としてもこういう新規事業がいくつも出てきた時に判断しづらいところがあり、うまくいくか・市場で受け入れられるかではなくて、そもそも出すか・出さないかに課題がある。NOILのプログラム設計においては、まず、出口の多様性を作る必要があると考えました。

出口としては「100%自社でやるケース」 「自社でやるものの、外の力を借りるケース」 「100%外でやるケース」が考えられます。外でやるケースいくつかのパートナーの力を借りた上で、この3つのパターンを網羅した仕組みとしてNOILのプログラムをパッケージにしました。

こういった経緯から、NOILでは審査の段階で「どの事業を選ぶか」と「どういう出口を目指して推進していくか」をセットで選ぶプログラムにしてあります。だからこそ、審査委員の中に選び手として外部のパートナーさんが入っています。

出口が重要と言う意識を、こういったプログラム設計に落とし込んで、藤村さんが会社全体の仕組みとして提案していったのでしょうか

(藤村氏)最初の思いの部分と、パートナーを用意してプログラムの起点となる部分は我々が設計しました。ただ、これを会社の中できちんとしたマネジメントの下でルール化していかなければならない。

そこで経営企画の猪塚さん方に入ってもらい、我々の思いつきレベルのものを会社に対する提案としてきちんと仕立て、リスクと効果を評価してもらった上で、最終的な提案まで持って行ってもらいました。

カーブアウトによってライオンが得たもの
実際にNOILからの出向起業を経てカーブアウトに至るまで、ライオンとして人材面や事業面からどのような効果を感じていますか?

(藤村氏)私は、今人事担当なので、人材面から。 ライオンはメーカーなので、一つの仕事に対して与えられた役割をきっちりこなしながら、納期だったりリスクだったりを正確にコントロールし、仕上げていくことを求められます。そのような環境の中で、自由を与えられて自分たちで考えて動いて、というのはなかなかできるものではありませんでした。

それを半強制的にやらせるような、背中を押す環境を作らなければならない。まぁ田中さんはそれがナチュラルにできていたんですが、新規事業にチャレンジするマインドを持ちながら、「自分の手の上にテーマを乗せて走る」という行為がまずはできなければいけないと思っています。もちろんこれは成功するかどうかとは全く別問題ですが、まずはこれができなければいけない。

休日ハックに限ったことではないですが、背中を押す環境を作って、自分から走っていく人たちを多く作っていく流れはかなりできるようになってきました。

(猪塚氏)カーブアウトの効果の一つとしては、まず田中さんが事業を立ち上げてここまで成長をしていると言うことが一つ。何せ今、ライオンの子会社の社長ですから。

また、ライオン社内、従業員に対する啓蒙として、こういうところまで自分もできるかもしれないと感じさせられる実例になったところもありますし、ライオン社外に向けたPRとしても良い事例になり、やって良かったと感じています。

田中さんは今、事業面でも色々苦労はしていますが、会社としてうまくいくことを期待して「継続」という判断を出せています。その上で、ライオンの子会社として事業を行う意味についても継続的に議論ができていまして、総合的に田中さんを休日ハックという事業とともにカーブアウトしたことは成功だったと、経営陣含め認識していると思っています。


ライオン猪塚氏

  猪塚 隆氏(ライオン株式会社)

慶応義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了

1989年にライオンに入社後、洗濯用粉洗剤の新規プロセス開発、医薬品(バファリン、ストッパ下痢止め等)の製品開発に従事。

2011年に経営企画部に異動、子会社管理・再編、新規事業、M&Aの担当を経て、現在は経営企画部 管理グループ マネジャー。

(藤村氏)事業面の効果としては、カーブアウトして成長した休日ハックを子会社化したことで、ライオンは初めてスタートアップを会社の中に組み込んだんです。身内、でもスタートアップじゃないですか。

ライオンは元々積み上げ式のビジネスで、スモールビジネス的なかたちで始まって人口増加とともに成長していったので、人口減少にどう対応していくかなど、不確実性が高まりつつあります。一方でスタートアップとして、田中さんはあるタイミングで爆発的に成長し、その後も指数関数的に成長を加速させることを狙っているわけで、経営陣としても、経営会議で田中さんの休日ハックのテーマを議題として扱うこと自体がとても新しいんですよね。

メーカーと違う休日ハックというサービス業をどう扱っていくか、ライオンとして事業ポートフォリオをどうするか、例えば同様の子会社が多数出てきた時に自分たちは本当に経営コントロールできるのか、などをディスカッションすること自体が、非常に重要な動きになっていると感じます。

日本の多くの大企業がそうであるように、スタートアップとの協業はライオンも上手ではないのですが、今は自社発のスタートアップが会社の中にいるので、スタートアップとの上手な付き合い方の事例として考えていくことができます。

新規事業創出に必要なこと、守るべきこと
新規事業開発・カーブアウトをうまく走らせるために重要だと考えているポイントなどを教えていただけますか

(藤村氏)NOlLで選ばれた人は、どんな立場でもしかるべきタイミングで専任にする、と決めていましたからね。田中さんも元は営業のエースでしたが専任になってもらいましたし。

(猪塚氏)会社によるとは思いますが、ライオンは決まったことにはあれこれ口出ししないというところと、NOILがそもそも「立ち上げた人が最後までやり切る」「社内外どこでやるかを外の人も交えて話し合う」「一度外に出したら出ている間は口は出さない」ができたのが良かったと思います。

子会社の社員だった人も、新規事業専任になってもらいましたね。

(藤村氏)あれは社内でも話題になりました。

一方で、いまだに社内や社外で走っている新規事業をたたむ基準については議論がありますね。今は期間で決めていまして、一定期間は事業に専任で邁進してもらう、ただし期限までにあらかじめ決められたレベルの成果が出なかった場合、進捗がどうであれ終了させます。

事業の内容などを見て延命させるのではなく、時間で切ります。

期間による判断は厳守でしょうか

(藤村氏)厳密に守っています。よほど重要なピボットがあったとしても、延長することはないですね。ずるずるゾンビ化させて延命させるよりも、期限までに結果を出させることの方が意味があると考えています。その代わり期間中は専任で走れる、という。

これが先ほど言った「立ち上げた人が最後までやり切る」コンセプトを突き詰めた環境のひとつだと考えています。

最後に、ライオンの新規事業創出のこれからという視点で一言お願いできますか

(藤村氏)新規事業を作ること自体が目的ではなく、新しいライオンになるという目的のためにやっていることだと思います。新規事業も一つの選択肢でしかないですし、その上で社内でやるか社外でやるか等のバリエーションがある。田中さんの休日ハックもその中の一つの形ですよね。

大きな目的は忘れないようにしないといけないし、目的を達成するための取り組みなので、満足せずどんどんやっていかなければいけないと思っています。そう言った意味ではNOILも全然「完成形」ではありません。

それを忘れないようにしないと、つい何件・何回といった数字遊びに陥ってしまいます。当然自分のプロジェクトを抱えて走っている起業家当人は意識できないので、我々のような伴走する立場の人間がそこをきちんと大事にして進めていきたいと思っていますね。

(猪塚氏)藤村さんが言ったように、新規事業をやること自体が目的ではないですが、生まれた事業の中からライオンの将来を背負ってくれるようなものが生まれれれば一番良いと思っていますし、田中さんみたいな人を社内にどんどん増やしていくことで会社全体が変わっていくということが一番大切だと思っています。

そのためには色々な仕掛けもしていく必要があるということも含めて、会社に浸透していくようにしたいですね。

本記事は休日ハックが出向起業、カーブアウトに至った経緯を伺ったインタビューを抜粋してご紹介しております。

元インタビュー記事では起業家本人である田中さんのコメントもご紹介していますので、ぜひご覧ください。

FLAG|”旗”を掲げるイノベーターの実践書